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vol.54「交渉に必要なものはBATNAと覚悟」

週刊 戦略調達
  【今週のトピックス】   日本製鉄が中国の鉄鋼メーカーの宝山鋼鉄とトヨタ自動車とを無方向性電磁鋼板の同社特許権の侵害で提訴しました。日本企業が大口顧客を訴えるという事は非常に少なく、本件は驚きを以って迎えられました。 但し、日鉄はいきなり両社を提訴した訳ではなく、宝鋼ならびにトヨタ ...
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vol.54「交渉に必要なものはBATNAと覚悟」

 

【今週のトピックス】

 

日本製鉄が中国の鉄鋼メーカーの宝山鋼鉄とトヨタ自動車とを無方向性電
磁鋼板の同社特許権の侵害で提訴しました。日本企業が大口顧客を訴える
という事は非常に少なく、本件は驚きを以って迎えられました。


但し、日鉄はいきなり両社を提訴した訳ではなく、宝鋼ならびにトヨタと
同社の特許侵害について協議して来た上で満足な結果が得られなかったた
め、提訴に踏み切っています。


このケースから学べるのは、交渉に臨むにあたって必要なものは相手と貴
方のBATNAの理解と交渉決裂した場合の覚悟という事です。BATNAはBest
Alternative to a Negotiated Agreementの略で、交渉を決裂させるし
かないと判断する限界線と交渉決裂時の次善策を指します。


日鉄のBATNAは例えトヨタとの関係が悪化する事になっても、提訴により
トヨタのみならず他ユーザでの宝山鋼鉄の無方向性電磁鋼板の使用停止に
あると考えられます。


無方向性電磁鋼板は特殊な製造プロセスによって鉄の磁石につく特性(磁
気特性)を著しく高めた高機能鋼板を、特定の方向に偏った磁気特性を示
さないように鋼板の面内でできるだけランダムに結晶方位をコントロール
したもので、モータなど回転機の鉄心に広く使用され、自動車の電動化に
必要不可欠なものです。
参考)「当社無方向性電磁鋼板特許に関する訴訟の提起について」日本製
鉄株式会社 2021 年10月14日


これまでは技術的難易度が高く、日鉄が市場を抑えていましたが、韓国・
中国の製鉄メーカが日鉄より低価格で参入、20年にトヨタが宝山鋼鉄品を
採用する等、技術・品質による参入障壁が無くなっています。ですので、
日鉄はこのまま宝山・トヨタと協議による解決を続けた場合、時間だけが
経過し、トヨタならびに他ユーザは宝山製品の使用・拡大が続き、提訴に
よる宝山の無方向性電磁鋼板のトヨタのみならず他ユーザでの使用停止と
いう同社のBATNAすら達成されないと判断したのでしょう。


敗訴しては意味がないので、日鉄が提訴したのには宝山が日鉄の特許侵害
を犯しているという確たる証拠を握っていると考えられます。それであれ
ば、判決を待って敗訴という最悪の結果を避けるべくトヨタは和解に動き、
宝山品の使用を止めるか、宝山を通じて日鉄への特許使用料を払い、日鉄
は自社品を販売したのと同等の利益を得られるでしょう。また、提訴した
段階で宝山品は知財トラブルを抱えている事が明らかになり、他ユーザへ
の宝山品の使用・採用の抑止にもつながります。


一方で、トヨタは日鉄のBATNAは自社との大口取引を打ち切る事はできず、
しぶしぶ取引を続けるものと考え、提訴に踏み切るというこの日鉄のBATNA
を見落としていたのではないでしょうか?トヨタの本件についてのプレス
リリースによると「本件につきましては、日本製鉄より当該の指摘を受け
たことから、改めて宝山鋼鉄に確認をさせて頂きましたが、先方からは
『特許侵害の問題はない』という見解を頂いております。」と特許侵害を
指摘されている当事者からの確認に留め、「長年に渡り、日本の自動車産
業、また弊社のクルマづくりを支えて頂き、また弊社の大切な取引先であ
ります日本製鉄が、ユーザーである弊社に対し、このような訴訟を決断さ
れたことは、改めて大変残念に思います。」と情に訴えているのとも、恫
喝ともどちらとも取れる根拠の無い反論で結んでいるのは、サプライヤが
顧客を訴える事はないと高を括っていたのではないかと考えられます。
出所)「日本製鉄株式会社による弊社への電磁鋼板に関する訴訟について」
トヨタ自動車株式会社 2021年10月14日 


交渉が決裂した時には、相手方は相手方のBATNAに則った行動をし、貴方
のBATNAはそれを前提としたものとなります。例えば、サプライヤが値上
げを申し入れてきた時に、そのサプライヤの提示した値上げが通らなかっ
た時にはBATNAが1.貴社への供給停止なのか、2.提示額より少ない%での
値上げ受入なのか、1.の場合、貴社のBATNAに提示の値上後の価格より価
格競争力のある代替サプライヤが確保できているのか、ないしはそのサプ
ライヤからの供給が止まってもしのげるといったものが無ければ、貴社の
BATNAは満額での値上受入となります。


この様に交渉に臨むにあたっては、相手と貴方のBATNAを理解し交渉決裂
した場合に貴方のBATNAを受け入れる不退転の覚悟があれば、交渉決裂を
恐れて、貴方のBATNAより悪い条件で交渉をまとめてしまうという事が避
けられます。


2021.12.10

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